アタリ、ハズレ。

3月に2歳になった娘は、4月1日付で保育園の2歳児クラスに進級。担任の先生も4人中3人がチェンジとなり、私ははじめてリアルで「アタリだよ~」っていうのを聞くことになった。娘のクラスメイトの子のママが言ったんだけど、自分の子の担任をアタリ・ハズレで表現する親ってほんとにいるんだ。で、私自身は正直なところ、その表現を不快に感じる気持ちはさらさらなかった、かな(アタリって言ってるんだし)。小学生の頃にそういう表現が定着してたらよかったのに、とさえ思った、かも(だって、小中高と自分の担任がアタリだと思ったことは1度もないから)。

娘の保育園は数年前に民営化された私立認可であって、毎年担任は変わっても、園にいる先生たちの顔ぶれはほぼ変わらなくて、だから以前上の子の担任だった先生が今度は下の子の担任に……ということもあり(0歳児クラスからだと6年、1歳児クラスからだと5年保育園に通うんだから、そりゃあそうなる)、件のママは上の子がいるから、その手の情報(感想)を持つわけです。

 

娘が幸せになれる確率?

仕事で恋愛、結婚、育児に関連した記事を書いているここ最近、ふと10年前、20歳の頃に聞いた話を思い出した。

大学で、産業心理学の授業があった。授業をしているのは当時30代後半くらいの男のT先生で、もちろん心理学を研究している人。ある日先生は、自分の上司のS先生という人(同じ大学の先生じゃないけど、心理学研究の先輩だったような)の話をはじめた。

S先生は几帳面で綺麗好き、デスク周りは常に整理整頓されている。ゴミを溜めたりもしない。そんなS先生にT先生は聞いてみた。家でもいつもこんな風に整理整頓しているんですか、家でも奥さんの家事を手伝っているんですか、と。

すると、S先生の答えはNo。いや、俺は家ではこういうこと一切やらないようにしてるんだと。なぜなら……娘が幸せになれる確率を上げたいから。

どういうことかというと……。

家で父が家事をしているのを見て育つことによって、娘は男が家事をするのは当たり前だと考えるようになる。もし将来結婚した時、夫が家事をしなければ相手に幻滅するし、夫が家事をしても感激しないだろう。でも、家で父が家事を一切しないのを見て育てば、男が家事をするのは当たり前とは考えず、将来夫が家事をしなくても落胆しないし、夫が家事をすれば「何ていい人♡」と感激するだろう、と。

つまりS先生は、娘が幸せになれる確率を上げるために、家では一切の家事をおこなわないのだと、T先生は話し、しかもT先生は「この人ここまで考えているんだ」とS先生に感心している様子だった。T先生の子どもは男の子2人で、娘はいなかったんだけどね。

当時の私は、うわ、心理学の研究者が考えそうな理屈だな~、くらいの感想しか抱かなかったけど、今思い出すとえぐい。あの時T先生は、女の子は男が家事するのを当たり前と思わずに育てば幸せになる(確率が上がる)、女の子は男の家事を当たり前だと思って育てば不幸になる(確率が上がる)→だから娘のいる夫は家事をしないほうがいい(だから将来結婚して娘が生まれたら、夫が家事をするのを当たり前だと思って接するな)という考えを、肯定したわけでもなく、大学生に擦り込むつもりもなく、ただ心理学をわかりやすく説明するために取り上げただけ(有意差とか、面倒くさい用語もある)のつもりだったのだろうか。

あの時どうかしてました。

昨日の朝。若干急いでいた。

 

子ども、着ていく服をめぐってイヤイヤ勃発。玄関では、晴れているのに傘を持っていきたがり。ベビーカーで駅に向かう。エレベーターがめちゃくそ遅い。エレベーターのドアが開いた時、電車のドアは閉まりはじめていて、イチかバチか……乗れず。当然のごとく、運転手さんから「危ないのでやめてくださーい」と叫ばれました。

次の電車は10分後で、イラついていた私は「チッ」って感じだった。危ないことしたってことは自覚しつつも、やさぐれのほうが勝っていた。10分後に到着した電車に乗ってからも変わらず、降車駅に着いたら着いたで、降りる人が多くやっぱりイラつき、エレベーターまで行きたくても混んでいてすぐ着けなくてイラつき。エレベーターは満員で一度見送らなくちゃいけなくて。ため息。チッ。来るの遅いなぁ。とりあえず、すげぇイラついていました、あらゆることに。

乗り換えた電車はけっこう混んでいたけど、高校生くらいの女の子2人がうちの子に笑いかけてくれるということもあった。はぁ。電車に揺られながら、自分は何やってんだろうと、さっきの行いをすげぇ後悔。けど反省はあんまりしていなかった。

脳内を占めていたのは、さっきの荒んだ自分(しかも子どもと一緒にいる)をまさか知り合いに見られていないよなってこと。子どもが通う保育園の保護者とか先生とかに見られてたらいやだなー、まあ日曜だから先生は大丈夫かなーとか、そんなことしか考えていなかった。そもそも朝急いでいたのだって、遅れたことを謝るのがいやー、みたいな自分の都合だった。昨日の朝の自分を見た人は、とんでもない母親、子どもかわいそうって思った、だろうな。行く末を危ぶまれていたかも。

今自分にとって最も避けたいのは子どもの命が奪われることだと思っているのに、昨日の自分はあまりに愚かだった。しかも直後は反省していなかった。そんな自分も帰りの電車に乗る頃には、一歩間違えたらすごい危ないよね、駅やホームはただでさえ急いでいる人間多いし……と、最悪の事態が起こった状況を想像して、ぞぞぞっとして猛省、危ないと叫んだ運転手さんに対して謝罪&感謝の気持ちが沸き起こり、帰宅すると子どもをハグしてごめんね、ごめんね!と謝りまくった。反省です。昨日はどうかしてました。

 

週末、娘と公園、滑り台の危機。

週末。昨日(土曜)は曇り、今日(日曜)は晴れ。

洗濯は晴れている日がよくて、外出も晴れている日がよくて(晴れの日は外出したほうがいいっていう強迫観念もあり)。

洗濯してからだと出る時間が遅くなるっていうのが、常々悩ましいところ。

今日の午後は娘と歩きで公園へ。近所というほど近くもないその公園(大人の足で徒歩10分くらい?)、娘は保育園の先生やお友達と行ったことがあるらしいが(連絡帳に書いてあった)、私ははじめて。

まず、行く途中手をほどきたがって困って、なだめたりすかしたり抱っこしたりしながら到着。

娘は上機嫌で遊びだし、一緒になった5歳のお姉ちゃんにも話しかけてもらいプリキュアのぬいぐるみを貸してもらい楽しい時間になった。

が、滑り台が危なかった。若干高さがあって幅は狭く、大人にとっては介助?しづらい滑り台だったため、膝に乗せて一緒に滑ることに。階段の手すりも隙間が広めでまた危ない……。高さが低ければ、大人が脇から介助できるんだけどね。

自分が子どもの頃だってこんな滑り台はあったはずだし、どころかもっとヤバい遊具があった気がするし、危ないとか考えずに遊んでいたんだけどね、大人(っていうか親)になってしまうと超危ないって思えてくる。もちろん娘の年齢(まだ2歳目前)もある。みんなどーしてんだろう??

私の膝に乗って何度か滑った娘、若干私をうざがる。なので、今までよりちょっと身体を離した状態で滑ることにした、ら!!!

タイミングを誤ったのか、あるいは私が思っているより滑り台が急で勢いが付きすぎちゃったのか、もはやはっきりと原因を言い切ることはできないんだけど、とにかく滑っている最中に娘の身体が若干浮いて?、若干ひねったような状態?になったまま着地。身体が完全にひっくり返ったわけじゃないし、滑っている途中で落ちたわけでもないが、ヒヤリハットだった。娘は着地して泣く。

大泣きってほどではなく、その後また自ら滑り台を試みたが、上りきったところで怖気づいてしまう。でも階段も急で幅狭くて今さら下るのはかえって危険だと思ったから、適当になだめて今度はしっかり膝の上に乗せて滑った。それを2度繰り返し。

帰りも手つなぎを拒否して大変だったけど、セブンイレブンでおやつを買ったら袋を持って機嫌よく歩くようになった。

それにしても、もし、斜面の途中で地面に落ちていたら、と思うとぞっとするっ。

娘、カレー、クレヨン。

ブログ書かないまま、ほぼ2か月経っちゃっているし。

子どもの頃は超長かった2か月が、大人になると超あっという間。書きたいなって思うことは色々あったんだけどね。

今のところ仕事がコンスタントに入っているから、ほんと、ありがたい限り。

この頃は、とりあえずイヤイヤしとこ~って感じの娘。ニコニコ顔してヤダヤダって言っているから機嫌自体は悪くないと思うけど、実力行使(着替えなど)すると今度は本気でヤダヤダ(たまに発狂)、トラップすんなって。

 

<カレーのこと>

そして食事でカレーを出すと、ひと口食べては指をしゃぶる、のを繰り返しながら食べ進める……。どうしてカレーなんだ、シチューとか味噌汁とか肉じゃがとかチャーハンではやらないことを、なんでカレーの時にやるんだ(私が気づかないだけで他でもやってんのかもしれないけど)。

私としては、シチューとか味噌汁とか肉じゃがとかチャーハンでそれをやられても、まあしゃあないよね~って思える、と思う。でも、カレーだけは……もう心底やめてほしい。カレー食べている最中の口に突っ込んだ指には当然カレーが付いているんだからぁ。その手であちこち触られること予想すると……。とにかくカレーでやるのだけはやめてほしいんだけど、娘はカレーの時に限ってやる。じゃあ、もう少し大きくなるまでカレー出すのやめればいいじゃんって考えもあるかもしれないが、カレーは好きだし食べたくなる。娘もカレーは好きみたいだし、別メニューにするのはもっと面倒くさいしやってもうまくいかないと思う。1度カレー作れば1度じゃ食べきれないから冷凍して数日後にはまたカレー、また娘はひと口ごとに指しゃぶり、私はチッ(あるいはげんなり)。

 

<クレヨンのこと>

日々スケッチブックなどに殴り書きしまくっている娘。私がごはんを作っている時も、娘はお絵描きしていることが多い。

ところが最近クレヨンの本数がいっきに減っていて、不審に思っていた。家具の下を見ても2、3本しか出てこない。

謎が解けたのは数日後。娘はコンセントカバーの中にクレヨンをぶち込んでいたのだ。

コンセントカバーとは、差さっている電源コードを子どもが引っこ抜いたりしないように覆ってガードするグッズで、うちで使っていたのはダイソーで購入したプラスチック素材のもの。電源コードが差さっている状態の時に使うから、コードを通すための箇所があり、太めのコードにも対応できるよう幅を持たせてあるがゆえ、クレヨンぐらいなら通っちゃうっていう。色鉛筆やクーピーと違ってクレヨンは短いから、カバーの中にすっぽり収まってしまうが、逆に取り出すことはできない。さあどうしようかと娘が首をひねっている?ところに私が出くわして発覚。しょうがないからカバーを外してクレヨンを解放した。娘は何本も何本もぶち込んでいたらしく、カバー内には8、9本入っていて、もうびっくり! 娘が全然懲りていないようだったので、とりあえずコンセントカバーは外すことに。はぁ。

これで終わりではなく。今度はチェスト、その次はキッチンの引き出しに娘はクレヨンを隠した。チェストはすぐに見つかったが、キッチンの引き出しは娘が寝た後15分ほど探してようやく見つかった。子どものすることって見当がつかないっていうのは本当らしい。

日常に戻る*

 1/4から保育園が始まって、娘と私はいつもの暮らしに。年明けして6日しか経っていないのに、もう半月ほど過ぎた気分。ライターの仕事が増えたのはうれしい♡

そしていよいよ潮時かなぁと思っている。卒乳、しようかなと。子どもがこんなに手がかかると思わなかった、とはあまり思っていない私だけど、夜の寝かしつけがこんなに大変だとは思わなかった。娘は授乳してもそうやすやすとは寝ない。早ければ20時、たいていは20時半頃に消灯して寝かしつけようと授乳をおこなうが、寝てくれるまでに要する時間は約1時間。ここ半年、ずっとそんな状態。

特に最近の娘は物音に敏感なのか、私がPCやっていると起きてしまう。PCと読書と飲食はやっているけどテレビは怖くてつけられない。

2歳で卒乳すればいっかと思っていたけど、この3連休決行してみようかな。。

福袋、Olive*

近年の福袋に対して、私はすんごい不満。いや、もはや近年には該当しないような随分前からというべきなのかもしれないが。

かつては何が入っているのかわからないっていうのが福袋の前提だった。私が中学生の頃はそうだった(2000年前後)。

今は違ったりする。全部じゃないが、購入前の段階で何が入っているのかわかるようになっているものがよく目に付く。そういう場合、同じブランド、メーカーの同じタイプの福袋の中身はまったく一緒か、微妙に違っているだけか(色違いとか)。インスタの画像見ていても、同じところの福袋は誰のも同じかほぼ同じっていうのが多い。コスメ系とか食品系だったらそれもありだと思う。

が、ファッション系は正直微妙。時期が時期だけにアウター入りの福袋はよくあるが、中身の見える福袋だと、同じようなアウター(全く同じか、微妙に違いがある数種類のうちの1着)、それも福袋のために作られたんじゃないのかと思えるような商品で、しかも「これが入っています!」と堂々と宣言されているわけで、でも見る人が見れば福袋に入っているとわかるようなアウターを着るなんて私はしたくない。もちろん中身公開していなくても、全く同じっていう可能性だってあるわけだけど(それだって今はネットの普及で確認しやすい)。そんなわけで、近年のファッション系の福袋は、私はあまり好まない。

中学生の頃はオリーブデオリーブの全盛期だった。福袋も何回か買った。中1の12月に店舗で買い物をした時に福袋のことを聞いたら、「予約できますよ」って店員さんは言ってくれた。その場ですぐに予約したかったけど、初売りの日に受け取りに来なきゃいけないとかで、行けるかどうかわからなくて、結局予約しなかった。母親や姉の都合が合うかわからず、初売りに1人で買い物する勇気がなかった。ばかだった。1人で行けばよかった。あるいは予約だけでもすればよかったしね。ヤフオクを探したってその時の福袋はもう手に入らないだろう。けれど買った時は毎回「結構いいじゃん」って思える内容だった。1万円のは、軽めのアウターが2、3枚入っていたり。色合いも、その当時のオリーブのラインナップを反映して明るめのパステルカラーものがふんだんに盛り込まれていて、1着1着見ていくのが楽しかった。母親は私の好みが理解できないのか「最悪だね~」とか言っていたけど、「だね~」の意味がわからない。自分の結論に同意を求めるような話し方大嫌いだ。で、当時はまだネットツールが今の今ほどは普及していなくてオリーブの福袋がどれもみんな同じだったかどうかは確かめようもなかったけど、被っているものはあっても全部が全部同じではない気がしている(きっと)。

確か、中3の頃オリーブの文具類やコスメ類が販売されるようになって、その辺りからちょっとずつ路線が変わってきた気がする。ショップ袋のデザインが変わったような。自分の好みも変わってきて、あまりオリーブで買わなくなって。上京してからは、新宿ミロードで買い物した時などにオリーブの店舗を見かけることはあったけど、買ったことは1度もない。オリーブの会社自体も色々あったようで。最近ネットで検索してみると、淡い色合いのもので統一されている感じ。私が好きだった頃のオリーブの面影が本当に何にも残っていないように思えて寂しくもなった。路線が変化していくブランドはたくさんあるだろうし、個々人のファッションの路線だって変化するに決まっているし、流行もどんどん変わっていくから、仕方のないことか。